やんばるジャンキー

沖縄島北部・やんばるの森、その底知れぬ魅力のジャンキー(中毒者)となった筆者が、やんばるの森で見つけた生き物を記録していきます

昆虫標本データベース管理サービスWebSpecimanagerを開発しました

 俺の俺による俺のための標本データベース管理システムとして開発した「WebSpecimanager」を、どなたでも完全無料でご利用できるWebサービスとして一般公開しました。

 各機能やご利用方法などの詳細は弊サービスのマニュアルをご参照ください。

 このブログ記事では開発の経緯などのよもやま話をダラダラ書こうと思います。

www.webspecimanager.net

 

開発経緯

 2020年春、新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言に伴い、やんばる三村も来村自粛要請を発令。

 しゃ〜〜ないこれを機に長年サボってきた標本整理に手をつけましょか〜〜とタッパーの山に向き合い、己の怠惰の積み重ねと格闘する日々が始まりました。

 そこで標本管理のためのデータベースが必要になるわけですが、MS Accessなど既存のGUIデータベース管理ソフトはどれも帯に短し襷に長しでしっくり来ない......。Linuxデスクトップからも使いたいしネット越しに複数端末からアクセスしたいしバックで動くデータベースは本格的なRDBにしたいし細かいところまで自分の思い通りに作り込みたい.........もういっそ自分で作っちゃった方が良くない??? 

 というわけで、データベースには地理情報処理に優れるPostGIS(PostgreSQLの地理情報機能拡張)を採用し、そのGUIフロントエンドとなるWebアプリケーションは自力で開発することにしました。この構想自体は実は2018年秋時点であったのですが、当時はめんどくさがって開発に着手せず、コロナ禍に入ってもめんどくさがってしばらく着手せず、2020年秋ようやく重い腰を上げて開発を始めた次第です。二年も放置しとるやんけ。先延ばしは特技です()

 そんなこんなで肝心の標本作業を後回しにしながら2021年春ようやくリリースできたのがWebSpecimanagerです。

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WebSpecimanager ダッシュボード

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WebSpecimanager 標本データリスト画面

 

特色

再利用可能なデータの分離
 再利用可能なデータ(採集地点・分類情報)を標本データから分離させ、それらのデータと標本固有データを紐付ける方式を採用しています。

 いったん採集地点や分類情報を作成してしまえば、同じ採集地点や分類情報を持つ標本を登録する際に同じ内容をいちいち再入力することなく、作成済みの採集地点や分類情報データとパパっと紐付けるだけで済みます。

 

豊富な機能

 単にデータベースとして標本データを保存・検索できるだけではありません。ラベルPDFの自動生成、採集地点入力補助マップ、採集地点閲覧マップ、所持タクソンや採集地の割合を可視化するチャート、所持タクソンカウンターなど様々な機能を持っています。

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WebSpecimanagerの様々な機能

 

個人収蔵.com様との棲み分け

Web上で標本データベースといえば個人収蔵.com様

kojin-shuzo.com

を思い浮かべる方も多いでしょうが、個人収蔵.com様は標本データの公開・共有を目的としているのに対し、弊サービスはプライベートな標本管理の利便性向上を目的としているため、根本的に性質が異なり競合はしません。
 弊サービスには個人収蔵.com様への投稿支援機能があります。詳しくはマニュアルをご参照ください。

 

現時点での主な機能

  • 採集地点・分類情報の再利用
  • ラベルPDF自動生成
  • 日本産甲虫および日本産蛾類ほぼ全種の上位分類から下位分類に至るまでの分類情報を「デフォルト分類情報」としてあらかじめ用意
  • 緯度・経度・標高・地名の入力補助マップ(標高と地名は現時点では日本国内のみ)
  • 採集地点マップ
  • 所持タクソン割合チャート・採集地割合チャート
  • 所持タクソンカウンター
  • データのCSVダウンロード
  • 個人収蔵.com様への投稿支援機能

 日本産甲虫については日本列島の甲虫全種目録(鈴木茂様 作) https://japanesebeetles.jimdofree.com/ を、日本産蛾類についてはList-MJ 日本産蛾類総目録(神保宇嗣様 作) http://listmj.mothprog.com/ を、それぞれの作者様のご承諾を頂いてデフォルト分類情報のベースとしました。心より御礼申し上げます。

 ちなみに俺自身が気に入っている機能は所持タクソンカウンターです。

 リスト検索機能との組み合わせで「指定座標から指定半径内の標高〇m〜〇mで〇年〇月〇日以降〇年〇月〇日以前に〇〇さんが採集した〇〇博物館納品用コレクションのゴミムシダマシ科の所持属数」なんてかなり複雑な条件での所持タクソン数のカウントが可能です。

 

現時点での主な不具合・欠陥

  • 現時点ではSafariInternet Explorer、旧型Edgeはサポートしておりません。Google ChromeFireFox、Edge(新型)のいずれかからご利用ください。
  • スマートフォンからアクセスした際にデフォルトで表示されるモバイル版では表示が崩れます。お手数ですがスマートフォンでもPC版で読み込むようお願いいたします。
  • 生成されるラベルPDFのサイズやフォントなどは固定されており、カスタマイズすることはできません。

 

今後の実装予定機能

優先順位・高

  • 地名入力補助マップの海外対応
  • GBIF準拠形式でのダウンロード機能
  • 標本目録作成機能

優先順位・中

  • ラベル生成機能の自由度向上
  • デフォルト分類情報の拡充
  • 外出中に現在地から指定した半径内にある標本データ表示機能
  • 採集中に現在地を採集地点として登録する機能
  • gpxかkmlかgeojson形式で採集地点や採集ルートをアップロード

優先順位・低

 

技術情報

弊サービスで採用している主な技術は以下の通りです。

10代の一時期プログラミングに熱中していた割には技術力が非常に低く、俺の技術力不足ゆえに実現できていない機能が多々あります....。

以下の技術に精通している方がおられましたら、 開発にご協力して頂けると嬉しいです.....。

 

バックエンド
言語: Python (中二の頃からの腐れ縁。本当はRuby派なんですが、今回はPostGISを活かすためにGIS業界で我が世の春を謳歌しているPythonを採用しました)

フレームワーク: Django REST Framework (PostGISとの連携が強い!設計は好みじゃない....)

データベース: PostGIS (PostgreSQLの地理情報機能拡張)

サーバOS: Linux (Ubuntu Server)

アプリケーションサーバ: Gunicorn

Webサーバ: Nginx

 

フロントエンド
言語: JavaScript

フレームワーク: React

 

認証・セキュリティ
Auth0

 

長ったらしくて覚えにくい名前の由来

 当初はローカルで動かすSQLiteの標本管理用GUIフロントエンドとして開発していて、specimen(標本)を管理するソフト(manager)だからSpecimanagerと名付けていました。後にWebアプリケーションとして作り直そうと決めた時、SpecimanagerのWeb版だからWebSpecimanagerと安直に名付けてしまった次第です。もともとは自分専用のつもりで開発していたので、呼びやすさとか覚えやすさとかは全く考慮していませんでした()

 

今後の展望

 せっかくPostGISを採用したのに地理情報関連の関数などをほとんど活かせていないので、地理情報処理機能をもっと充実させていきたいですね。地理情報以外の一般的な検索・集計機能も強化していきたいです。あと現状モバイルからの使い心地が最悪なのでどうにかしたいですね.......。

 公開初期の頃のバグの多さと機能の少なさゆえに離れていったユーザーも多いのですが、現在はだいぶ機能も増えてバグも減り動作が安定してきたので再アピールしたいところです。ユーザー数が増えたところで何か得するわけでもないんですが、せっかく作ったものはなるべく多くの方にご利用して頂いた方が嬉しいですし。

2019年の報文まとめ

 イマドキは記録を漁る時にまずWeb検索する人が多いでしょうが、タイトルや掲載誌によっては検索に引っかかりにくいものもあると思うので、最近書いた報文の一覧をここにまとめて検索しやすいように軽く内容紹介しておこうと思います。

 
(短報) 久米島におけるオキナワカタモンヒメクチキムシの記録
藤川浩明
月刊むし2018年12月号 (574号)
 これまで模式産地である沖縄島のみで記録されていたオキナワカタモンヒメクチキムシ Mycetochara (Ernocharis) okinawaensis Akita & Masumoto, 2014 の久米島初記録です。生態面の知見などは特に無いシンプルな内容です。


(短報) オキナワキモンヒメクチキムシの追加記録および発生時期について
藤川浩明
月刊むし2019年6月号 (580号)
 原記載以後に一部虫屋が多数採集していたものの、文献上はホロタイプ1♀と「日本産ゴミムシダマシ大図鑑」(むし社)で明確なデータや図を伴わず標本の存在のみ言及された1♂しか知られていなかったオキナワキモンヒメクチキムシ Mycetochara (Ernocharis) hiranoi Akita & Masumoto, 2014 を、♂含めて多数追加記録しました。原記載や図鑑では♂が図示されていなかったため、本稿の♂背面写真が文献上は初の♂図示となります(なのに白黒写真での掲載にされてちょっぴり悲しい....)。俺の力不足により交尾器の図示は無いです.....。
 単なる追加記録だけでなく、同属のオキナワカタモンヒメクチキムシとの発生時期の違いについても触れています。ゴミダマ大図鑑では最珍ランクである☆5に格付けされていますが、発生期と好みの環境さえ分かってしまえば実際さほど珍しくはない感じです。調査不足補正だったんでしょうね(まあ珍品とされる虫の大半はそんなもんだろう)。
 

(短報) ヘリアカデオキノコムシの沖縄島からの初記録
藤川浩明・松村雅史・杉野廣一
さやばねニューシリーズ34号(2019年6月)
 本土では普通種でありながら最南端記録地である奄美産は長らく追加記録されておらず2015年まで分布が疑問視されていたヘリアカデオキノコムシ Scaphidium reitteri Lewis, 1879 の沖縄島における初記録になります。
 沖縄島産のほとんどの個体は本土産とは体の大きさや背面の模様・色彩が異なるため、俺たち沖縄虫屋は当初「デオキノコ不明種」と呼んでいましたが、福井大学の保科英人先生に標本を検視して頂いたところ、♂交尾器内袋骨片は本土産ヘリアカデオキノコムシとほとんど変わらず、この「デオキノコ不明種」がヘリアカデオキノコムシそのものであることが確定しました。また共著者の杉野廣一さんが1975年に採集した1個体は本土産とほとんど変わらない模様・色彩をしていたため、1個体のみとはいえ本土産とほぼ変わらぬ個体もいるのだから亜種として分けるにも至らないと結論されました。ちなみに保科先生によると奄美産も沖縄島産と共通の特徴を持つそうです。


(報文) 採集例の極めて少ない琉球列島産メツブテントウ類3種の記録
中野文尊・藤川浩明・青井光太郎・緒方裕大
月刊むし2019年8月号(582号)
 琉球列島産のハネナシメツブテントウ属 Nesolotis 4種はいずれも原記載以降の記録が極めて少ないのですが、そのうちの3種ナナホシメツブテントウ Nesolotis amabilis (H. Kamiya, 1965)、キイロメツブテントウ Nesolotis azumai Sasaji, 1967、クロメツブテントウ Nesolotis impunctata Miyatake, 1966 を追加記録しました。
 このうちナナホシメツブテントウとキイロメツブテントウについては生態面・形態面ともにいくらかの新知見も含む内容となっております。またキイロメツブテントウについては奈良県からの記録が誤同定であること、記載論文の内容に一部怪しい部分があることについても触れています。クロメツブテントウについては特に生態面・形態面の新知見は無いですが、おそらくこれが原記載以来半世紀ぶりの追加記録と思われます。
 俺が担当したのは中国人研究者らによる Nesolotis 再定義の訳とキイロメツブテントウのパートの骨子です。
 本稿で記録した種はいずれも体長1mm程度と非常に小さいのですが、筆頭著者である中野(微小甲虫のイカれた展足技術で名を上げつつある変態)が狂気じみた展足をしてくましたので標本写真は見応えがあり必見です!変態め.....。


(短報) 沖縄島におけるクワガタツツキノコムシの記録
藤川浩明・徳重典英
月刊むし2019年8月号(582号)
 西表島石垣島屋久島で記録されているクワガタツツキノコムシ Cis capricornis Kawanabe, 1997 の沖縄島初記録になります。生態面の知見などは特に無いシンプルな分布記録です。本来クワガタ屋のくせにクワガタ関連の報告が一本も無いダメなクワガタ屋である俺にとって初めての「クワガタ」と名の付く虫の報告になりました()


(短報) 沖縄島におけるウケンナミクチキムシの記録
藤川浩明・松村雅史
月刊むし2019年9月号(583号)
 奄美大島、徳之島、加計呂麻島、請島など奄美群島の各地から記録されているウケンナミクチキムシ Upinella uekenensis (Akita & Masumoto, 2012) の沖縄島初記録になります。一応ゴミダマ大図鑑☆5ですが、まあ調査不足補正でしょうね(笑。生態面の知見などは特に無いシンプルな内容です。

 

(報文) ヤンバルキモンヒメクチキムシ2例目の記録および♂️の初記録
藤川浩明・森井隆文
月刊むし2020年1月号(587号)

 邪悪なチャラ男・ふみ採集のホロタイプ1♀のみ発見されていた沖縄島産ヒメクチキ最珍・最美種ヤンバルキモンヒメクチキムシ Mycetochara (Ernocharis) nakanoi Akita & Masumoto, 2017 を初♂️含め多数追加記録し、生息環境と発生期についての断片的な知見と推測を述べました。本種はゴミダマ図鑑後の記載となるため、当然図鑑には載っておりません。
 初♂️について本稿では背面写真と体型についての簡素な説明に留め、♂️の形態記載やゲニの図示はしておりません。いずれ本種の記載者さんがやってくれるかな???
 情けない話ですが、本稿については俺のポンコツっぷりにより不完全な点が目立ちます....。

 まず本稿最大の欠点ですが、大事な初♂を他の虫と一緒に〆てしまうという俺のミスにより現状世界唯一となる♂️標本の触角を破壊してしまったため、♂標本写真が残念なことになっており、♀触角との比較もできませんでした....。ヒメクチキ関連短報を既に2本書いている身ゆえヒメクチキのモロさについてはよ〜〜〜〜く知ってるはずなのに何やってんだ俺は............。

 また発生期、生息環境、同属他種との棲みわけについても断片的な知見と推測を述べていますが、調査不足のため現時点では確実性に欠けています。あくまで雑甲屋の皆様の奮起を促し今後の更なる調査を促進する叩き台となるための速報的なものとして受け取ってほしいです。

 現地住みのクセに二例目を岐阜の森井君に先越され、その発生木をハイエナして得た初♂️は触角を破壊し、転職直後で心身共に余裕なかったとはいえポイント近所なのにあまり調査に出られず、ひたすら己の無能さを痛感させられました...。
 ネガっててもしゃーないんで、この汚名は今後の更なる調査で完全版報告出して返上してやります!!